癌((がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!心と体のケア法☆

彼の癌と共存した2年間で学んだ癌の知識、試した癌の治療法・抗癌剤、代替最先端治療、サプリ、ホスピス、在宅ケアまでの全ての情報を 今、闘病で辛い想いをされている方に伝え、少しでもお役に立てればとの想いから発信する実体験ブログ

癌と医療を見つめて・・

余命・・・それぞれの命の時間・・・5

  2008年・・・いつしか時は流れ流れ・・・
  私の周辺に存在していた 幾つかの命が
  少しずつ風になっていった・・・
  彼の癌を機とし、たくさんの癌闘病の命と出逢い
  たくさん学ばせてもらった 「今を生きる」ということ
  

  あれから・・そう、今も私の想いは変わることなく
  癌だけに限らず・・心と体の両面からの痛みや辛さに
  寄り添っていくケアを 自分なりに現場で実践している。

  

  力を入れて学ぼうとすると、遠ざかる何かがある・・・
  私が何とかしなきゃ!って・・思わないことが
  自然に寄り添ってゆけるような気がする・・・

  

  そして、言葉よりも何よりも、やっぱり触れること・・・
  今・・・私の身近に週単位であろう命の灯火が揺れている
  昨夜も、真夜中手を握り・・頬を撫で・・髪を撫でると・・・
  安心したかのように眠りについてくれる・・・

  

  彼の時と違い、脳メタをおこしている彼女は・・・
  ほんの1ケ月前とは、まるで別人のように・・・
  もう痛みを訴えることもない・・・言葉すら発しない・・・
  ただつぶらな眼差しで、「今」を見つめている・・・
  覗きこむと瞳の煌きの中に吸い込まれそうなくらい・・・

  

  いろんな命が輝いている・・・
  「死」という現実を受け止めなければならない「今在る命」
  余命・・・それは誰にもわからない・・・

  

  大切なのは「今、生きている」ということ・・・

  

  今年のテーマ・・それは「毎日が一期一会」
  朝生まれてきて、その日1日を悔い無きように生きて
  夜その日の自分は還ってゆく・・・

  

  明日に期待しながら生きるのではなく・・・
  明日は来ないかもしれないという想いで
  今、毎日を生きています。
  どんな方との出逢いも、一期一会・・学びであり・・・
  意味あるものなんだと思っています。

  

  

  こんなふうに毎日を過ごしていると・・・
  風になっていった彼や、Mr肺ガン・・そして、音信の途絶えた
  ブログ上で応援していた方たちのことも・・・
  「辛い・・・」と悲しみ深く沈まずに思っていけるようになりました
  それは、違う地にいるだけで・・・また巡り会える・・・
  そう確信できるからです。

  

  私なりの自分の人生を生きて、いろんな情報の宝物を
  たくさん伝えられるように 頑張ろうかなと・・・

  

  最近、「余命1ヶ月の花嫁」・・長島千恵さんのドキュメンタリーの
  再放送?があったみたいですね・・・
  

 

  どうして、こんなに人気があるのか・・・多少「あれ?」と思うこと
  見えない部分での色づけもありのような気もしたけれども・・・
  やっぱり、彼女の「ひたむきさ」「生きること」「生かされている」
  という観点から・・純粋に「現実のメッセージ」を伝えようとした
  そのことが、たくさんの人たちの心にストレートに届いたから
  ではないのかなと思います。

  

 

  こういうメッセージを真摯に受け止めて・・・癌に対して・・
  緩和ケアに対して・・ターミナルケアに対して・・医療に対して
  考える機会として欲しいなと切に願います。

  

  そして、何よりも・・「今在る自分の命、まわりに在る命」
  生きるということを考えたいですね。

  

  ・・・・やっと1歩踏み出せました・・・すべての人にありがとう・・
  

余命1ヶ月の花嫁・・長島千恵さんの反響・・・5

前記事で「余命1ヶ月の花嫁ー長島千恵さん」のテレビ放映の事を
書かせてもらったところ・・・何時になくアクセス数が増えていた・・・

テレビの影響って凄いんだなぁと・・・改めて思いました。
「余命1ヶ月の花嫁」・・・この一言がきっかけで、「たっちゃんの妻」さん
からコメントを頂きました。縁って不思議なものですね・・・
「たっちゃんの妻」さんのブログを訪問させていただきました・・・
彼女のご主人「たっちゃん」も、肺がん末期での告知。
告知から僅か3ヶ月と10日という闘病生活で旅立たれていました。
肺がん・・そしてパチンコ・ラーメン・病院からの脱走・・・
共通点が多々・・何よりも亡くなった日が近いのです。

旅立たれる5日前に、ホスピスで色んな方々の協力を得て結婚式を
挙げられたようです。「願うこと」・・「全力で(無心で)行動すること」・・
そして「感謝すること」・・
それは大切な大切な「愛に包まれた生きる力」−
何よりも大きなグリーフワークの柱となることでしょうね・・・
「たっちゃんの妻」さんのブログ、もう少しゆっくり拝見させて頂きたいなと
思っています。

前回、長島千恵さんの装着していたカニューレが彼と重なり・・・
彼女そのものが娘と重なる・・・そう書いたのですが、昨日娘達が
別々に遊びにきたのですが、ふたりとも最初にでた話題はーやはり
「余命1ヶ月の花嫁」・・千恵さんのことでした。

若いから・・・と自己の体を過信することなくー内なる声に耳を傾け
自分の体を管理できる力をつけて欲しい・・
生まれてきた「命」は大切に繋げていって欲しい・・

そして「あたりまえ」という感覚に馴れ合わないこと・・・
家族として・・恋人として・・友達として・・師弟として巡り合えたことに
純粋に感謝できるような・・・そんな人であって欲しいなと・・・
大切な人たちと共に支えあって生きてゆくためにも・・・自分の中の
愛情のエネルギーを、いつでも分けてあげれるように・・まずは自身の
体に良きエネルギーを・・・(口から取り入れる栄養源)
そして健康なる体に良き心のエネルギーを・・・(愛や思いやりかな・・)

1日1日を大切に・・心に「遣り残しという、自身で見逃せる小さな後悔」
を降り積もらせないようにしなきゃね・・・
自分に対する「後悔」が少なければ少ないほど・・・
「生きる事」・「生かされている事」は、そんなに辛いものではないのかも
しれない・・そして「死」も恐れることはないのかもしれないなと・・・
霞の中での思考が見え隠れしています・・・

新たなる思考回路への出逢いのきっかけに感謝

「余命1ヶ月の花嫁」を見て・・・5

18日・・途中からではあったけれど、TBSで放映された
「余命1ヶ月の花嫁〜乳がんと闘った24歳 最後のメッセージ」をみた。

重なる何かが大きかったのかな・・・無意識に涙が止まらないままだった・・
そのひとつがカニューレ・・・
彼がギリギリまで拒み・・酸素イコール末期の末期と拘っていたカニューレ
もちろん、最後の5日間はカニューレでは補えず、マスクだったけれど・・・

もうひとつ、重なったもの・・それは24歳という若さ・・・
そう・・・娘と重なった・・・
彼に見せられなかったウエディングドレス姿・・・
そして、子供に先立たれる親の想いが 身につまされて心が痛かった・・・

彼女は、たくさんの「愛」を受け止め、言葉に言い表せないという「感謝」を
笑顔と生きるエネルギーにかえて、生き抜いた・・・
肺と骨転移の辛さは想像を絶する辛いものだったと思う・・・
乳がんの典型的なメタ・・・肺と骨・・・
彼女は母親のターミナル期のモルヒネ使用のトラウマ的なものがあったのか
セデーションに拘りをもっていたようだった。

右腕にディユロテップを貼って痛みが和らいだ時の、彼女の嬉しそうな笑顔
彼女には十分な疼痛コントロールを行う時間も、悪液質の状態に陥る時間も
ないままに召されてしまったようだった・・・
それは、編集されていた部分もあるのかもしれないけれどー
私には、愛に包まれた分だけ守られていたのだと思えた・・・
きっと・・天国のお母様が優しく導いてくれたのだと・・・

闘病ドキュメンタリーとしてならば、昨年10月12日に亡くなられたIT社長の
藤田憲一さんの番組は、今まで見たものの中では(彼の癌告知後・・)
最も彼の経緯と近かったせいか、「壮絶」と言う言葉が当てはまる番組だった
飯島夏樹氏の番組(天国で逢えたら)も部位の違いからか吐血とかは
なかったものの・・やはり彼が重なった・・・

そして、こういう番組を見ると・・・逢った事もないMr肺がんの事が浮かぶ・・
暗記してしまうほど読み返した・・Mrの最期のエントリー・・・
もう2ヶ月という時間が経とうとしているんだな・・・
今頃は・・新潟中越地震の現場にいるかな・・なんて思ったり・・・

いろんな方が伝えようとしている「癌からのメッセージ」って・・・
みなさん何だと思いますか?
地球温暖化による異常気象や飽和状態の文化や経済・・・それらが
母なる地球からの悲鳴でありメッセージであるのと同様に・・・
大地から生まれ・・生かされている私たちへの「乱れ」「間違い」「奢り」・・・
愛のメッセージなのだと私は思っています。
もちろん、現在闘病中で痛みや苦しさを抱えているかたにとっては
いくら愛を注いでも、結局癌には勝てない人のほうが多いではないかー
綺麗事だとーそう思う方もいるかもしれません・・・
ひとりひとり、癌の性質も違うように 家族環境も、闘病環境も違うし
出逢う医師も治療方法も、情報も、効果さえも違う・・・
唯一共通点に繋がる部分として・・・「心の免疫力」かなと思うのです。
目標と目的の違い・・・そして「気付き」「気付くこと」が大切なのだと・・・

今後は・・「癌からのメッセージ」という部分で、サバイバーの方、
うまく共存している方、克服された方の共通点等、お伝えしていきたいなと
そんなふうに思っています。

なんだか取り留めも、まとまりもありませんが、1昨日の放映をみて
感じたままにタラタラ書かせて頂きました・・・(ゴメンナサーイ)

リビングウィル(尊厳死の宣言書)5

自分が余命宣告を受けた時・・・
誰でも 自分の身辺整理の事を考えるのではないでしょうか
彼の場合、即行で自分の生まれ育った場所、国立・・・
つまりは東京への旅行を計画→実行しました。
その時から、ケモの合間を見ては毎月のようにアチコチに
想い出作り旅行に・・・

そして結婚指輪の購入・・・
同じ時に、持っていた株券の整理・・・銀行と・・・
とても慌ただしく活動していました。

自分(本人)でなければ わからない事を動けるうちに・・・
という思いから、限られた仮退院の時間の中で
動いていました。
その中のひとつに「遺言書」の作成がありました。
私は・・正直、彼との時間が本当にカウントダウンされているようで
便箋に向かっている姿を見るのは嫌だったのですが・・・
すごく楽しそうに書いている彼に巻き込まれて、漢字が違うよ!
とか・・いつしか一緒に文章を考えていたり・・・
実際、不動産の贈与の件で家裁でみんな集合して
遺言書を開封した時には、彼らしいお茶目な文章表現に
みんなで爆笑しましたが・・・

この頃は、私たちの視野に「リビングウィル」という言葉は
入ってこなかったんですね・・・
遺言としては生前に「葬式の形態」と「仏壇の事(彼の亡くなった
奥さんや先祖の入った仏壇)」自分の骨の一部を石垣島の海に
散骨してほしい・・という細かいことは口頭で伝えられていた。

そして、癌の治療法・・最終的に緩和の段階においては
記事の中でも綴ってきましたが、彼の呼吸苦が限界に達したと
判断できた時点で、彼が選択肢として希望していたように
深いセデーションを行って頂き、愛しき子供たちに囲まれ
ゆっくり・・魂は肉体を離れ解放の旅立ちをしたのです。

彼の場合は、ある意味理想的な闘病→旅立ちだったのでは
ないかと思っています。闘病に理想的、という言葉が適当か
どうかはわかりませんが、最後、ギリギリのところまで、意思の
尊重がされたことは、幸せだったよなと思います。

どんな状況であっても最期の最期には「幸せだった」と思える
ことが1番なんだと思うから・・・
人の「死」って、ドラマのように感動的なものばかりでは決してなく
案外、突然に・・・あっけなく息をひきとったりすることの方が多く
何度もそういう現場に立ち会っている私の中では・・私もできれば
最期まで大切な人たちと意思の疎通がおこなえる状況である事を
願っています。

意思の疎通ができなくなった状況を想定して、私は私なりの
リビングウィルを考えておきたいと思っています。
医療とは、患者の苦痛を除き、元気に永く生きられるように
する事を目的にしている為・・本人の意識が無くなるか植物状態に
陥った時、意識のあった時の明白な意思表示がなければ、医療側
は延々と治療を続けなければならないとされているから・・・

尊厳死・・・まだまだ問題は多いような気がします・・・

末期がん・・余命○ヶ月と告知されたら・・5

いつしか桜の季節も終わろうとしています・・・
彼の癌との共存の日々を綴り終えて 約1ヶ月の間・・
いろんな方たちの闘病記の波間を渡り・・また書店でも
今現在の癌情報等に触れてみました。

改めて・・何だろう・・
彼との日々を、ただひたすらに綴っていた時には
気付かなかったこと・・見えなかったこと・・
たくさんありました。
あの頃、出会えなかった治療も情報もたくさん・・
これもまた流れなのかなと感じました。

彼の事に関して綴ったものは、できるだけ彼を主体として
記録に残していた日記やデータをそのまま書いたので
本当に「ありのまま」を書いてきました。

今は私の心の目から見つめた部分を綴っていきたいなと・・
訪問者検索データを見ると圧倒的に多いのが「血管内治療」
そして「ゲルソン療法」になっています。
このあたりは、幾つかの情報を元に改めて書きたいと思います。

今年に入って、私自身「腫瘍疑い」と言われて・・・
すべてのものに関して「見方」が変化しました。
まさしく「癌」第2章という感じです。
不思議なもので・・今初めて「自分の人生」を「自分の体の声」を
見つめ、耳を傾けている気がします・・・

自分は「どういう死に方をしたいか」
そのことを真剣に考えてみた時、おのずから「どういう生き方を
したいか」「やりたいこと、やっておかなければならないこと」が
自然と見えてくるような気がします。

彼とも、よく討論してた事のひとつに、末期癌で余命数ヶ月・・と
目の前の医師から淡々と命の期限を切られ・・あと○○日という
感覚で生きていくのと・・・突然、事故や事件などで一瞬のうちに
命を絶たれてしまうのと、どっちの死がいい?・・・という会話を
いつも思い出す。

この話題は多分、ある意味私に対して問題提起の会話だったの
かなと思っています。「癌で余命告知されていない人に、命の期限
をきられた者の気持ちがわかるはずない」という事なのでした。
けれど、プラスとマイナス両面から捉えることができるのも確かで
「死に対する恐怖感や痛み・苦しみへの不安」という視点からみれ
ば、一瞬の事故の方がいいのかもしれないけれど、やりたい事・・
やっておかなければいけない事、伝えたい事・・生きることに対して
の視点からみれば、癌には、生きる・・生かされている時間が確実
にあるという事・・・

延命治療そのものに関しても、それらでは全く違ってくる・・・
彼が、この話題に触れる時には「俺の心の痛みをわかって欲しい」
という意味なのだと思った。それ故、この話題は受け止める・傾聴
のみに徹した・・・
ただ私自身の考えは、常に「たとえ明日地球が滅亡し、死んだとして
も後悔しないように今日を精一杯生きよう!」がモットーなのだけれど・・
なかなかでして・・・(汗)突然死は多分自分自身死んだ後も理解でき
ない性格だと思うので、選択肢には入れたくないな・・・

どんな形であっても生かされている間は、精一杯生きたいと思うし・・・
私の尊敬するナースharupinの名言である「人間、死ぬまで生きている」の
言葉どおり、「生も死」も自分の意思でどうにでもなるものではないから・・
ただやみくもに「余命告知」による「命の期限」をカウントダウンしながら
「死の恐怖」に怯えて生きていくのだけは絶対にしたくない。

自分の人生を改めて見つめ、ちょっと自分STORY真剣に向かい合って
みようと思った新学期でした。


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