癌((がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!心と体のケア法☆

彼の癌と共存した2年間で学んだ癌の知識、試した癌の治療法・抗癌剤、代替最先端治療、サプリ、ホスピス、在宅ケアまでの全ての情報を 今、闘病で辛い想いをされている方に伝え、少しでもお役に立てればとの想いから発信する実体験ブログ

緩和ケア

思うこと・・・5

思えば・・1年前のこの時期
体がとても重かったりだるかったりしたなァと
今、あらためて思いだした。

検診でドクター呼び出しがかからなければ
体が動かなくなるまで仕事に没頭してただろうな・・
そんなふうに思う。

数日前に緩和ケアの勉強会に参加。
大好きなチャーリーの久々の講演会
もちろん最前列で。

緩和ケア病棟から在宅ホスピスへ〜
この10ヶ月で素晴しい在宅ホスピスを確立してきた先生は
本当に今が充実しているのが伝わって・・
とてもキラキラ輝いていた。

最期の場所として、何処を選ぶか・・・
もちろん希望が叶わないことも多いし
現代の家庭事情もある。

ペインコントロールの現状と連携の理想・・
最新の薬剤の組み合わせ等を聞いていて
ゆふみ病院で先生に出逢った時のことを思いだした。
まず、触れてくれたこと・・
そして「辛かったね」と言ってくれたこと・・
ただ薬剤を処方するだけでは痛みはとれない
その痛みも、痛みに耐えてきた心も受け止めて
はじめて緩和ケアははじまる気がする。

今は、癌と診断された時からが緩和ケアは始まる
チームで関わることの大切さ・・・
治療法がなくなっても、絶対に見捨てないでくださいと
言われていました。


そして心に残った言葉
・・人はしなやかな心をもっています
(自己の弱さ・内的自己の探求・価値観の変化・
新しい自己の再発見〜患者さんが自分自身を乗り越えてゆく)

・・最期の瞬間まで人は成長することができる

・・人は最期まで笑顔でいられます

そして、最後に
「生きるということは ひとのために尽くすこと」という
山田泉さんの言葉で講演を終えました。

チャーリーの在宅ホスピスと共に
私の癌治療は始まりました・・・
この10ヶ月の時間の体験は、とても貴重なもので
今、仕事復帰して、あらためて感じるものがあります
想いばかりが先走らない・・そんな実感を得ています

ゆっくり心を込めて、患者さんに寄り添っていきたい
そんなふうに思っています







癒されて旅立ちたい・・・5

・・・癒されて旅立ちたい・・・

8月13日に参加した「緩和ケアの夕べ」で

講演された沼野尚美さん(六甲病院、緩和ケア病棟チャプレン)の

著書から・・・色々と紹介したい部分はたくさんあるのですが、

今、この時期になっても心に留まっているところを、紹介させて

頂きたいと思うのです・・・

 

 


   *最後の言葉を聴く

末期状態になられた患者さんは、ご自分の体で感じるものが

おありのようです。残された日々の短さを感じられるばかりで

なく、ご自分の旅立つ日を予想できた方もおられます。

木曜日に「明後日の土曜日に旅立つような気がする」と

言われた方は、やはりその日に亡くなられました。

「今日、旅立ちます」とご自分で午前中家族に電話をして、

言葉通り午後に亡くなられた方もおられました。

患者さんが体で感じるもののほうが、医療者がキャッチする

情報よりも正確であることを現場でよく経験いたします。



死が近づいてくるのを体で感じられた患者さんで、しかも

自分の死と向き合うことができ、それを表現できる患者さんは

「私が死んだら・・・」と話し出されます。

           *

「私がいなくなった後・・・・」と言っただけで、家内が

「そんな淋しいことは言わないで!どうして家族のために

頑張るよ、と言ってくれないの」と怒るので、言いたいことが

言えませんでした。家族のために、もちろん頑張っているし

私自身も本当は生きられるものならば生きていたい。

しかし体から感じるものがある。残されている時間が少ない

ことを感じる以上、私が旅立ったあとのことを家内にしっかり

指示しておきたいのに、家内はすぐに話をさえぎって、私の

話を聴こうとしないんです。自分の言いたいことを伝えることが

できないのが辛いです」と言われた50代の男性Kさんがおられ

ました。奥様は妻の立場でこう言われました。

 

「主人が「私が死んだ後・・・・」と言い出すのは、心が弱気に

なっているからのように思えて、つい励ましたくなります。

主人の弱気な気持ちを受け入れてしまうと、主人がすぐに

死んでしまうような気持ちがして、こわいー。また、私たち家族を

置いて自分だけ逝ってしまうことを、主人が納得しているように

感じて腹が立つ気持ちもあります」

 

両者のお気持ちを伺いながら、私は奥様にこう申しました。

 

「ご主人さまは、お体で大切な“時の摂理”を感じておられるよう

です。人は誰でも生きていたいと思っています。愛する家族が

いればなおさらのことです。家族の応援に感謝し、ご自分でも

生きる努力をされていても、体で何かを感じられるのです。

残された時間が少ないかもしれないと思うとき、人は信頼する

人に大切なことを伝えておきたいと思うものです。愛する家族

だからこそ、後々困ることがないように指示をしておきたいと

ご主人様は思われていますよ。

そして、自分の言葉で自分の気持ちを伝える、指示をだすことが

今のご主人様の使命なのです。生きておられる時間と、自由に

語れる時間とは同じではありません。やがて生きておられても

自由に語れなくなる日がやってまいります。

今だったら、ご主人様、ご自分の思うように語れるでしょうし、

奥様と将来のことを相談したり話しあったりすることができますよ

 

ご主人様のおっしゃることを、静かに、しっかりと心に留めて、

お聴きになってみられませんか。今のご主人様には、奥様の

その協力が1番必要です。何もおっしゃることなく旅立つ人も

多いことを思うと、家族に指示を出せる人は ご自分の思いを

残せる人です。家族は辛いですが、しっかり聴きましょう。

そして案外、ご主人様の想いを受け止めて差し上げれば、安心

されて体調も落ちつかれるかもしれませんよ」

 

Kさんの妻は、病める夫が大切な時の流れを感じて、大事な事を

語ろうとしていることに気づきました。それからは、夫の言葉が

時には淋しく響くことがあっても、心してしっかりと聴くようになら

れました。Kさんは、そんな妻の姿に満足され、自分の死後の事

を託す意味を込めて、さまざまな願いを妻に語られました。

Kさんは私にこうおっしゃいました。

「病気になった当初は、家内は私が守ってやらなければならない、

だから死んでたまるか、頑張るぞと思っていました。家内の弱々し

い頼りない姿は、私を頑張らせる力にもなっていたように思います

しかし病状が進むと、家内にはたくましくあってほしいと思うように

なっていきました。しっかりしていてほしい。−安心して後を頼むよ

と言いたいのです。家内も辛いでしょう。家内の気持ちもわかりま

すが、私には家内しか頼れる人がいないのです。最近、家内は

私の言うことをきちんと聴いてくれます。今では後のことを家内に

まかせ、安心していられることを嬉しく思います。」

 

愛する病める者が「私が死んだ後・・・」と言い出されたとき、

家族の方々はさえぎらないでその話を聴き取り、心に留めるよう

家族のかたに勧めてまいりました。病める方にとって、そうされる

ことが必要なのです。勇気を持ってきちんと聴き、しっかりと思いや

指示を受け止めたことを、病める方につたえましょう。

 

このあとも、告知の勇気等・・・様々なテーマに経験談を織り交ぜた

息をもつけないほどの心にビンビン伝わるお話は続くのですが・・・

実際の現場での体験談には・・・本当に瞬きさえも出来ないくらいの

素晴らしい講演でした。

抜粋させて頂いた この内容は・・・・どうしても心に残った内容部分で

自分の経験に重なるものがあったから・・今回記事に取り上げました。

 

彼も・・・「俺が死んだら・・・」

よく口にしていました・・・早々と「遺書」を書くんだ。と便箋を購入!

「遺書じゃなくって、遺言でしょ?」そう言うとペロっと舌をだして・・・

まだまだ余裕に満ちた会話ができていたケモ1クールの頃・・・

ケモを打ち切ってから〜腰に痛みが出始めた頃には・・・

痛みで動けなくなる前に、やっておかねばならないような・・・銀行の

貸金庫内の物の整理や、証券会社の手続き等・・・

口頭では指示しにくい不動産関係の事等 片付けていました。


彼が一人で動いて 整理する分には何をどうしているかわからないので

そんなに感じることはなかったのですが・・・(私たちの場合、籍を入れて

いなかったから、財産関係は息子さんたちに自然とゆくから・・それで

よいのでは・・と思っていたから・・・) なにかの折りにつけ・・・

「kyoちゃんの後々のことを思って〜」なんて言い出しで始まるときは

やっぱり、聴きたくなくて・・・「いいよーそんなこと!」なんて言っては

有耶無耶にやりすごしてました。

 

けれど、彼も体で感じるものがあるように・・・その命の時間の長さは・・・

私にもしっかりと感じられるわけで・・・

その頃の、彼の発する言葉は・・・一字一句寄り添い、体を通じ、心で

受け止めました。たとえせん妄状態の時の言葉でも・・・

彼の肉体から・・・彼の魂から・・・彼の声で・・・発せられる言葉・・・

大切な命のメッセージとして・・・

今でも・・・何冊ものノートに残っています。

 

2年半という時間が過ぎて・・・

キミからのたくさんのメッセージは 今も・・いつも私の心にいるヨ

生活も・・・なんとかやってるから・・・

子供達も・・・それなりに・・うん、やってる・・・かな?

約1名、音信不通者いるけど・・・

きっと元気に海に浮かんで 日本を守ってくれてるでしょう(笑)

宇宙はどうかな?

来月用の・・・お星様・・準備できてる?

大切なひとたちにも 届けたいから〜

ちょっと多目に よろしくね・・・

 

今夜は、どのあたりでキラキラ隠れてるかな・・・

秋の深さに・・・

キミへの想いも深くなっちゃうね・・・

明日・・・基地に逢いにゆくから、待っててね。

 

愛しきキミへ〜

 

 

 

 

命のことだま5

 

  −死をみつめることは 

    あなたの大切な人の生命をみつめること


 「命のことだま」

 この言葉だけで・・・私は、この本を抱きしめていた・・・


 先週の「緩和ケアの夕べ」での序章です(笑)
 なんだか・・・すごく、すごく愛しく感じられたこの日の「集い」
 娘を拾って会場に到着したのは、開演より1時間も前・・・

 ほとんど1番のり?みたいな会場で・・癒しの笑顔のお出迎え

 今日の演題は
 「こころの痛みをやわらげたいーがん終末期におけるハウトケアー」


 ハウトケアという言葉に興味深々・・・
 おまけに、アロマオイルを使ったハンドマッサージがあるという・・


 もう・・この空間は私の魂の一部・・・そんな感じでいる。
 
 講演が始まってー「え?これって・・」「この方って」・・・

 そう・・このブログでも、ひと時 幾記事か関連記事として
 取り上げさせていただいた「余命6ヶ月から読む本」という
 結構、大胆なタイトルの本の中で登場していた名前だ!

 「ファイナルステージを考える会」代表世話人・・
 ・・・岩崎瑞枝・・・
 「命のことだま」の筆者でもある・・・

 
 こんな出会いは、本当に涙が出そうになる・・・
 魂のレベルでの「今だからこそ!」の縁を感じる・・・


 いつも思う・・・
 必要な時に、必要な出逢いが設定される、されている。

 この本を抱きしめた理由・・・
 たくさんの命のカケラが 本の中に散りばめられている・・・

 ・・不随意的なものである・・そう感じたワケで・・・

 なんだろうー

 中に散りばめられているタイトルが「心がキュッ」てなるのです。

 
 まだ全部読んでいないのだけれど・・・
 毎晩、必ず添い寝してる(笑)
 内容の感想は追々・・・

 ハウトケア・・・これは岩崎瑞枝さんのオリジナルの言葉だそう・・・

 私は、これを「心が寄り添うこと」と捉えています。
 タッチングを通じて 命を想う・・・
 今、在る目の前の命を抱きしめる・・・

 そんなケアを、これからも命の限り続けていこう・・・
 そう確信した瞬間でした。

 

 そして、もうひとつ・・出逢うべく・・の出逢いがー
 
 これは次回また・・・ 

緩和ケアとは・・・【癌(がん)と共存!愛は癌(がん》よりも強し!】5

先日、子供から「TV(情熱大陸)で緩和ケアの事やってるよ」と
メールがきた。この情報は少し前に他ブログで書かれていたので
どの番組で放映されるんだっけ・・と探していた時にメールがきた。
なんとなく子供たちが、こうして意識してくれていることが嬉しかった
りする・・・「彼の癌との共存」・・最初に肺ガンと告知された時から
一歩一歩の共存に向かっての治療の選択、そして痛みが出現して
からの彼の姿、ホスピスでの奇跡の時を、そして別れの時まで・・・
私より少しだけ離れたところから、癌を丸ごと、ありのままに感じ
見つめてきた子供達・・・

子供達にとっては癌や病気そのものを憎む事なく、癌だから不幸せ
というものではないということ、いつかは誰しもに訪れる「死」というもの
を正面から受け入れることができたこの3年間だっただろうなと思う。
ただ、これが血の繋がったものや、自身にとって最愛の人になると
どうなのかな・・とは思ったりもする。
ペインコントロール入院から危篤に陥ったホスピスから・・在宅ケアに
かけての時間の彼の姿が今でもかなり記憶に強く焼付いているようで
どうしても「緩和ケア」とか「末期ガン」とか「ホスピス」とかいう言葉には
反応が強いように感じる。

ここ最近では「緩和ケア科」という形で、かなり癌性疼痛に対する医療の
側の受け皿が増えてきたことが実感できる。
「情熱大陸」を見られたかたは誰しもが印象深かったのではないかと
思われる林医師の「今1番気がかりなことは何ですか?」という言葉ー
慢性的に癌の痛みを感じるような状態になると、様々な心理状態が
出現しはじめるのである。一旦耐え難いような大きな痛みを感じた後の
人の心理というものは、相手から「痛いですか?」と聞かれれば「痛い」
と答えてしまいがちだ。これは痛みを感じた「記憶」のイニシエーターが
なかなか記憶の傷の修復ができないままに、次なる痛みを感じてしまう
からではないのかなと思ったりする。
そういう意味でも、患者さん一人一人にかける「言葉」というものがいかに
「大切」かが理解できる。
緩和ケアは、体の痛みと共に心の痛みも並行してケアしていかなければ
中途半端な、言葉だけの緩和になってしまうのではないだろうか・・・
たどり着くところは、「心と体」をひとつの融合体として捉え、寄り添って
はじめてQOLの向上に繋がり緩和の意味をなすのではないかなと思う。

なんだか改めて「緩和ケア科」が設立されていることも何だか不思議な気
もするのだけれど・・・?本来は病気や怪我には、自制内で対処できない
何らかの痛みや不快感があるから受診するのではないのかなと・・・
専門的な科が増えていくことでのメリットとデメリットってどうなんだろう?
考え出すときりがない。
ただ彼がホスピスを受診した最初の日に「レスキュー」を処方してもらい
1日だけだったけれど、癌であることさえも忘れるほど痛みの無い、幸せ
なひと時を過ごせた時の感動と、温泉に入りリラックスしていた姿を今また
切ないくらいに思い出したりする。思うに「レスキュー」の効果も勿論だが
何よりも「緩和ケア」という言葉・・「これで痛みを我慢しなくてもいいんだ」と
いう想い・・院長先生の「よく我慢してましたね」と、まず第1に触れてくれた
癌の突出部位と包み込んでくれた心・・その相乗効果だったと思っている。

「緩和ケア」に関しては、まだまだ考えていきたい部分である・・・

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