癌((がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!心と体のケア法☆

彼の癌と共存した2年間で学んだ癌の知識、試した癌の治療法・抗癌剤、代替最先端治療、サプリ、ホスピス、在宅ケアまでの全ての情報を 今、闘病で辛い想いをされている方に伝え、少しでもお役に立てればとの想いから発信する実体験ブログ

ホスピス

在宅ケアに向けて・・退院【癌(がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!】5

長いようで短い・・短いようで長い・・
そんなホスピスでのペインコントロール入院・・・

点滴もすべてフリーに・・
そして経口投与によるペインコントロールも安定してきた。
安定といっても、痛みがなくなるわけでは 勿論ない・・・
増強していく痛みに対応できる薬の駒が増えたという事だ。

この時点で服用していた薬は 定期薬として
朝→リンデロン・リタリン・ボルタレン・ガスター・メリスロン・マグミット
昼→メリスロン・マグミット・調整でプルセニド
夕→ワイパックス・デパス・ボルタレン・ガスター・メリスロン・マグミット

リンデロン・リタリンは「目覚めスッキリ薬」と彼に説明・・
ボルタレンは「骨への痛み止め」で胃薬のガスターとセット
マグミットは便を軟らかくする薬で、プルセは下剤・・
ワイパックス・デパスは安定剤で
メリスロンは目眩、吐き気止め・・

+αで下剤にラキソ・・眠剤でレンドルミン
目眩、吐き気止めにノバミン、トラベルミン、ナウゼリンを
定期薬で効果が現れない時に変更、追加していた。

ナース管理としてオキシコンチン・マルピー(レスキュー薬)
ケタラールシロップ・・屯用でボルタレンSR50
そのほかに右背部と右前胸部の骨が突出した部分には
日に1〜2回鎮痛剤入りの湿布ミルタックスを貼付していた。

薬杯に入れてあげた薬をみるだけで
「薬だけでお腹いっぱいになっちゃうよー」と言っていた。
本当にそんな感じだった・・・

薬が安定し、「おうちに帰りたい」という想いも募り・・
なのに・・彼の表情には不安が見え隠れしていた。
今までに見たことのない彼がいた・・・
それだけ、言葉には表さなかったが・・・彼の体の中は
深刻だったのだと思う。

彼の不安は、息子さんの「今まで親父が生きてきたとおりに
やりたいようにやれよ!」というひと言によって、踏み出す事が
できたように思う。
癌の進行もさることながら・・肺炎から危篤状態に陥り、生死の
境を彷徨った3日間の記憶が、体には深く刻まれていたのかも
しれない・・・

ホスピスは・・患者さん本人の本当の気持ち・・希望に添って
色々な対策を考え、バックアップしてくれる。
彼の不安に対しても、家に帰っても辛かったらすぐにホスピスに
戻ってこれるのだということ・・
訪問看護師さんを派遣して点滴を行なうこともできるということ・・
不安の要因となることを、ひとつひとつ除去できるように
対処し安心を届けてくれた・・・

院長先生の配慮で、いきなり「退院」という形ではなく、2泊3日の
外泊という形にして・・彼自身が「大丈夫だ」と思えたなら
そのまま退院ということに・・・「まだ不安だ」と思えば、また病院
に戻るということで・・とりあえず外泊の準備を始めた・・・

この日2度目の雪が降り・・高台にあるホスピスは一面、
白銀の世界に包まれた・・・
夜中に降り積もる雪を見つめながら・・心まで純白に包まれた
気分だった。朝の5時からテラスに降り積もった雪で、
可愛い雪だるまを作った・・・
彼が目覚めた時に、見える位置に置き 彼が目覚めるのを待つ。
不安も心配も・・すべてはこの日の雪がリセットしてくれた気がした

イヴの前日・・彼は念願の自宅に帰ることができたのだった。

在宅ケアに向けて・・点滴フリーに【癌(がん)と共存!愛は癌(がん》よりも強し!】5

在宅ケアにもっていきたい!そう思ってから3日後・・
持続性静注で行なっていたモルヒネの投与を
経口投与に・・・そして、翌日には点滴がフリーになり
晴れて自由の身になった彼は嬉しそうだった。
もちろん、酸素もフリー!

点滴投与で、一応安定していたモルヒネ量を
経口投与量に換算し、オキシコンチン60咫滷/日
ケタラールシロップ×3/日
夜は眠剤なしで!
レスキューは以前と同様、塩酸モルヒネ錠マルピーを屯用で・・

点滴フリーになって嬉しいのか、この日は何度も何度も
「ラウンジに行こうよ」と言い、暖炉の前でコーヒーを飲み
クリスマスツリーを眺め・・窓ガラス越しに庭を眺める・・・

突然、「トロが食べたいなぁ」と彼が言い出す・・・
私が「ひとりで、お留守番できるんなら買ってくるよ!」と言うと
しばらく考えてた彼は、「できるよ!買ってきてくれるか?」
そう言って笑っている・・・「よっしゃ!行って来る」
まるで、子供に言うようなやりとりだね・・・

私は、担当の看護師さんに1時間ほど出かけてくることを伝え
彼の子守り(笑)を頼んだ。もちろん、看護師さんは快く承諾!
「kyoさんも、ずーっと病院の中ばかりいるから・・彼のことは
心配しなくていいので、たまにはゆっくりしてきて下さいね」
そんな温かい言葉をもらい、久しぶりに街へ・・・

街はいつのまにかクリスマスモード一色
賑やかだった・・・ちょっと奮発して美味しそうなトロをGET!
美味しそうな苺も、ついでに購入・・・
ふと、彼へのクリスマスプレゼントを何か見てみようかなぁ・・
そんな想いがよぎった瞬間・・彼からメールが・・・

「トロは釣れたの?トロだけでよいよ!寄り道しないで早く
帰ってきてね!」・・・思わず周りを見渡してしまった・・
近くにいるんじゃないかと・・・(汗)
私の性格をお見通し!笑ってしまった・・・
「今、トロを釣ったから・・すぐに配達に伺いまーす」と返信し
車を停めていた自宅まで急いで戻る・・

自宅のすぐ側にある遊歩公園には、大分ファンタジーといって
クリスマス時期前後、約1ヶ月間数百メートルに渡って
幻想的なイルミネーションが点灯されている・・・
週末には多くのカップルがイルミネーションをバックに写真を
撮ったりしている・・・
私たちは毎年自宅のある8階からイルミネーションを眺めていた
彼にも見せてあげたい・・・
1日でも早く、家に帰れるよう頑張ろう・・・
そう思いながら急いで病院に戻る・・・

彼はレスキューを飲む事もなく、テレビを見ながら
おりこうに過ごしていたみたいで・・・
私が帰ると、トロよりも薬よりも先にまずは「手をちょうだい」
そう言った・・・

彼には・・今食べたいものよりも、クリスマスプレゼントよりも
自分の命・・生かされている命と寄り添ってくれる愛が
何よりも大切で・・必要なのだと・・・

癌と共存していくには、治療薬よりも「頑張って」という励ましよりも
痛みを感じる時・・不安になった時・・心が負けそうな時・・
孤独を感じる時・・すべてのものが愛しくて切ない時・・
側にいて、寄り添う心・・共有する優しさ・・思いやりが
何よりの瞬間の希望につながるものなのだと感じた・・・

この日・・午後からその年初めての雪が降り出した・・
クリスマスは自宅で・・家族みんなで迎えたい
在宅ケアへの想いは雪と共に降り積もっていった・・・

在宅ケアに向けて・・【癌(がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!】5

危篤を乗り越えて10日・・・
SPO2は、相変わらず91〜93程しかなかったものの
じっとしているのが嫌いな彼は、危篤だった事など
おかまいなしに、動き回りたくてしかたないようだった。

点滴を連れて、歩行器を使って散歩しようと言い出した。
いわゆるリハビリだった・・・
彼の体は、まだまだ生へと向かって生かされている・・
散歩に行くと言うので、担当の看護師さんは大慌て!
ホスピスに「だめ」という言葉は存在しない・・
あくまでも、患者さんの意思や希望を叶えようと
善処してくれる・・・
ただ、看護師さんの一存では即決できないこともある・・
ドクターの許可や指示が必要なことも多い・・・

色んな段階を飛び越して、いきなり歩いて散歩すると
言い出し、もう立ち上がっているのだから・・・

看護師さんは喜ぶ暇も無く、酸素を準備したり
サチュレーションを測ったり・・・忙しい・・・

同時に肺炎を起こしてから、よく痰がでるようになり
その痰切れがよくなかったのだけれど
危篤を乗り越えてから、無治療でいる事に私自身が
じっとしていられず、以前飲用していたフコイダンを
注文して彼に飲ませてみたところ
「フコイダンを飲むと痰が出やすいんだ」と・・・
大喜びで・・・
楽呑みでゴクゴク飲む彼・・・

散歩をしたことで かなり気分転換が出来たようだった
周りの人たちもビックリ・・・
ラウンジには、大きな大きなクリスマスツリーが登場していた
夕方からは暖炉の灯りと、ツリーのイルミネーションが
何とも幻想的な世界を創りだしていた・・・
その幻想的な世界が映し出されている彼の瞳の奥は・・・
命の輝きなのだろうか・・・潤んで煌いていた。

この日は、歩いたからか、ケタラールシロップが効果があった
のか、夜・・彼が寝付くまで 大阪のクリニックの師長に習った
オステオパシーの頭蓋仙骨療法を行なったせいか・・・
朝まで、1度も起きずにぐっすり眠っていた彼・・・
病院ということもあって、少し遠慮していたのだけど
思いきって、ベッドにあがり・・彼の頭を私の膝に乗せ・・
そっと手を添える。「祈り」にも近いー私の中の全エネルギーを
彼に送る・・・彼は「気持ちがいい・・」と言い、眠りに落ちた・・

この光景に遭遇した看護師さんは、みんな一瞬驚く・・・
そして、「それは何をしているんですか??」と必ず聞いてきた。
「こうこう、こういう療法を教わったんです・・オステオパシーって
いう施術の一部なんだけどね・・」と言うと
「ホスピスでも取り入れたい療法ですねー」と言う・・・
そういう気持ちが、大切なことだと思っていた。
薬だけでなく、言葉だけでなく・・・痛みに対する1番の特効薬は
「痛いところ」「痛い心」にそっと手を添えて「愛のおまじない」を
かけることなんじゃないかなと思う・・・

泣き叫ぶ赤ちゃんが、母の胸に抱かれると、ピタリと泣き止む・・
そんなふうに・・・医者で言えば、問診だけではなく・・・触診して
もらっただけで何だか安心するような・・・
そんな感覚なのではないかと思う・・・

ただこの頃の彼の状態では、日々の波が激しかったのも確かで
突然、気力的に落ち込むことも多く・・・
それには、ふとした瞬間によぎる、さまざまな不安がめまぐるしく
訪れた時に予告もなくストンと落っこちてしまうのだった・・・
そして、気持ちが落ちていると痛みがでてくる・・・
出てくるというよりは、気持ちが前向きな時にも存在する同じ痛み
でも、感じる痛みの重さが違うと言ったほうがいいのかなと思う。
これは、癌に限らず・・だと思う・・・

人は、課題をひとつクリアすると、次なる課題に向けて新たなる
期待と不安が心に渦巻くのだろう・・・
次の課題→レベルへ早く進みたい・・という欲も出てくる・・・

散歩に行く事ができるようになり、食欲もOKでチョコチョコだけど
食べたいものをよく食べる・・・
こうなると次なる望みはひとつだった・・・
その日の夕方、大好きなチーズトーストを美味しそうに食べながら
突然、「おうちに帰りたい・・・」と涙が落ち始めた彼・・・

そうだよね!おうちがいいよね!・・・
彼はホスピスでなく、在宅ケアを強く望んだのだ・・・
ここから、在宅ケアに向けてひとつひとつ慎重な準備が始まった。



 

ペインコントロール?緩和?【癌(がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!】5

奇跡的に、肺炎による危篤状態を乗り越え
3日間の行き先不明の旅から 還ってきた彼・・・

ただ・・・
体の中では いったい何が起きたのだろう?
そう思えるほど、彼の容貌は変わっていた・・・
肺炎を起こし、免疫力が低下している間に
癌細胞が、一気に栄養を求めて増殖したのだろうか・・

彼であって、彼でないような・・不思議な感じがした・・・
数日間の寝たきり状態による筋力低下は当然ながら
顔も変わった気がした・・・

何だか、「可愛い」
彼と私は、年齢が14歳離れていて
時々、お父さん?と間違われることもあったりして・・
彼は「やんなっちゃうなぁ」と苦笑いしていた・・・

だけど、今は・・・子供のように見える・・・
新しい命を授かったように思えた彼だけれど・・・
癌は抱えたままだった。
抱えているというより、癌で構成されているかのようだ。

そんな彼の痛みの出現への対処は
「ペインコントロール」というより
「疼痛緩和」という言葉のほうが的確な気がした・・・

痛みが強い・・・取れにくい・・・
この時点では、痛み止めは経口のオキシコンチンから
塩モヒによる静注点滴に変更されていたので
管理はしやすいようにはなっていた。
レスキューも点滴で定量を早送りするものなので
はたから見れば、直で血中にたどり着くという理屈からして
確実性があるように思えた。
それでも、痛みは不定期に出現する・・・

ボルタレンの代わりにロピオンという白い点滴が側管から
入れられる・・・これが思ったより効果があり、彼は「白い薬、
白い薬」と言ってお気に入りの様子!
牛乳のような・・母乳のような・・(笑)心に栄養も届くのかな?

危篤を乗り越えてから1週間が過ぎたけれど、
ペインコントロールは安定しない・・・
院長先生の勧めで、ケタラールシロップを使ってみることに・・
ケタラールシロップとは、いわゆる麻酔薬である・・・
麻酔薬を、カキ氷等に使うシロップで希釈したものである。

ペインコントロールって、簡単にできるものだと思っていたが
ここにきて、難しいものなんだということを改めて実感した。
もちろん、彼の場合だが・・・

癌の種類、発生している場所、体力、気力、全身状態も含め
みんな痛みの現れ方・・感じ方は異なるのだということ・・・

病気の苦しみは、自分の体がまだ病気と闘っているからあるわけで
闘う力が無くなれば、苦しみは消えるものだと・・何かの本で読んだ
ことがある・・・

彼の中に存在する自然治癒力は、まだ癌と闘っているのだ・・・
彼が彼らしく生きようとしていることが、痛いほど心に伝わってくる
薬の処方は院長先生にお任せして、私は彼の体に触れていよう・・
心を丸ごと抱きしめていよう・・・

彼が彼なりに生に執着してくれている以上・・・
私は、彼に執着したいと思った。

命の輝き・・奇跡が・・【癌(がん)と共存!愛は癌(がん)よりも強し!】5

幻覚なのか・・祈りの延長線上にある夢なのか・・
よくわからない・・・けれど、私の目には、はっきりと優しく
微笑む可愛らしい妖精たちが見えた・・・

みんなが、家族宿泊室で交互に休憩する中で・・・
私と、彼の長男だけは・・彼の側に付いていた。
長男は、彼の顔をずっとずっと見つめていた・・・
長い期間、父と離れて暮らしていた時間を埋めるかのように
そして、離れて暮らしていたのと ちょうど同じだけの時間・・・
父と暮らしていた時の時間を思い出しているようにも見えた。

私は、床に正座したまま・・彼の手を握り続けた・・・
大好きな彼の手を握り・・頬に当て・・心のメッセージを伝える
「今ね・・妖精たちが来てたよ・・初めて見たんだよ・・」
「みんな側にいるから・・待ってるから・・」

昏睡状態のまま、朝が訪れた・・・
テラスでてみた・・・オリオン座はまだ沈んでいなかったが
妖精たちは、もう見えなかった・・・
空はまだ暗闇の中の星の世界を映し出していたが、
東の空は、夜明けの準備で忙しそうに見えた・・・
空気が違うので、よくわかる・・・

東の空が白んできた頃・・・部屋の中に戻って彼の手を握る
朝日が昇り始めた頃・・みんな起きてきた・・・
そして・・・その後、奇跡は起きたのだった・・・
朝日と共に、彼の命が再び生まれた・・・

ひょっこりと還ってきたのである・・・本当にひょっこりと・・・
彼の意識が戻ったのである・・・
彼の目が再び開いた・・・「あれ?」という表情をしている。
「みんな、どうしたんだ?」というように・・・
そして、長男の顔を見つけると「おまえ、何でここにいるんだ?」
というような・・・

奇跡が起きたのだと思った・・・
いや、みんなの願いが奇跡を起こしたのだと思った・・・
祈りは届いたのだ・・・
何処に・・・誰に届ければいいのかわからないけれど
心で深く深く感謝した・・・

肺炎を起こした後、3日3晩危篤状態だったことを彼に告げた。
そして、彼に向かって「おかえりなさい」と言うと・・・
彼の第一声は「そうだったんだ・・・俺、還ってきたんだ・・・
何にも覚えていないんだよー」と・・・

いい!覚えてなくていい!今生きていてくれるだけで・・・
そう思った。
看護師さんに報告する・・・驚いていた・・・
そして、出勤してきたばかりの院長先生が誰よりも驚いていた。

彼は、相変わらず「還ってきたんだー」としきりに言っている。
「そういえば、誰もお迎えにこなかったよ!」と言う・・・
「だぁれも来ないんだからなぁー」と不服そう・・・
「受取拒否されたってわけだね!」そう言うと彼は舌を出して
笑っていた・・・

集まったひとりひとりの顔を、ある意味 不思議そうに・・・
ある意味 感慨深げに見つめている・・・
丸3日間・・・彼は何処にいたんだろう・・・

彼は本当に何も覚えていないようだった。 ただ・・・
「女の子がいた・・」それだけは、はっきり覚えていると言う。
3歳くらいの、ピンクのスカートをはいた女の子が 公園?に
ポツンと座っていた・・・と言うのだった・・・
私が思わず「それは、あの時の子だよ!」と言うと、彼は
「バカ!」と言って慌てていた。子供たちは大爆笑・・・

彼が生きている・・みんな、それだけで良いのだった・・・
スタッフのみんなも彼の生命力に驚いていた・・・
そして、命が繋がっていることを心から喜んでくれた。

人は、欲張りな生き物だ・・・
生きていてくれた・・・それだけでいいーと感謝していた心・・
意識不明の危篤と言われた3日間に何が起きていたのかー
肺炎が彼を危篤状態に導いたのは間違いない・・・
けれど、危篤を乗り越えた彼の容貌はあまりにも変化していた。
わずか3日間の間に・・・
浦島太郎が玉手箱を開けたような・・・そんな感覚だった・・・

今までが不思議だったのかもしれない・・・
「末期がん」そのものの「癌悪液質状態」を示しているかのような
そんな顔・・体だった・・・

彼が危篤状態を乗り越え、生まれ変わったと思えた瞬間・・・
それは、肺炎を乗り越えたということなのだった・・・
頑張った御褒美に、癌も消してくれたならいいのに・・・
そう思った・・・

危篤を乗り越えた喜びも束の間・・・
癌性疼痛は、すぐに彼の元へやってきた・・・

本当の ペインコントロールは、この日から始まったのである。

 

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