ふと感じることがある・・・

 

病と共に 長い時間を病院で過ごされる患者さんには

それぞれ、今まで生きてきた時間の中で築いてきたもの・・・

積み重ねてきたものがあるということ・・・

 


病院という 空間では・・・

地位も名誉も財産も・・ある意味関係ない・・・

形として 積み重ねてきた「モノ」ではなく・・・

大切に育んできた「ココロ」「思いやり」が・・・

そのまま そのかたの元に 集まってくるような気がする。

 

 

「家族」であったり・・・

「友達」であったり・・・


「恋人」であったり・・・

「先輩・後輩」であったり・・・

 

その「在りかた」が 入院生活にみえてくる時がある・・・

 

 

そして、今の時代・・・

選択肢も それぞれなのだなぁと思う・・・

 

 

家族の関わり方や愛の深さを 

ともすれば、回数や面会時間の長さで判断しがちなコトがある

 

 

時には、殆ど面会者のない寝たきりのかたの側で・・

心無い言葉を聞くことがある・・・

ココロが ずんと重く悲しくなる・・・

 

 

少し前に、不穏が酷くて・・・誰にもどうにもできない状態の

患者さんを、2人、3人がかりで看ていたけれど・・・

夜勤帯に差しかかるということで、家族に電話をして・・・

今夜、個室にて付いていてあげて欲しいとのお願いをしたけれど


 

「今夜は無理です。明日なら(面会に)行けます」とのお返事。

 

 

とりあえず、日勤者さんが2人付き添っていてくれていたトコロ

20分ほどして、息子さん夫婦が子供さん1人を連れて

お父さんの所にきました。


 

ちょうど、夕飯の時で、お嫁さんが介助して食べさせようと

するものの、スプーンは払い除け、とにかくジッとしておられない

状態で・・・立ち上がり、座り、車椅子のストッパーをはずし・・

お孫さんに「じいちゃん、座りよ!」と肩を押されて座る・・・

けど、即!立ち上がり・・・の繰り返しで〜

 

ご本人は・・・ドローな状態で、ご家族の認識ができていない・・


 

きっといろんな想いを抱きながらも・・・

どう対応していいのかわからず困っているお嫁さんに・・・

「無理して食べさせなくても良いですからネ・・」と告げ

とりあえず、他の患者さんの誘導や食事の下膳が終わるまで

見守りをお願いしますね。ということで・・・30分ほど散歩を

勧めてみました。


 

気が付くと、側に付き添っているのは息子さんだけでした。

1週間ほどの間に急に状態の悪くなった父親の姿に

息子さんは かなり驚きショックを受けていました。

 

「これじゃ、付き添いが必要ですよね。大変さがよくわかります」

そう言われたそうです。その後息子さんが帰るとの事で、玄関まで

一緒に降りたのですが(鍵を開けるため)エレベーターのなかで

やはり落胆の表情は隠せませんでした。

 

 

「これは現実なのですよね。まさか親父があんなふうになるとは・・」

息子さんの複雑な想いや、受け止めきれていない気持ちが伝わって

きました。「今は少し鎮静がかかっているから ああいう状態である

こと」「病気がそうさせているのだということ」を説明すると・・・

息子さんは 切なく苦しい顔をされながらも、きっちり正面から

目を見て「今夜はお願いします」と言われ帰られました。

 

 

自分の親が・・・と思うと 息子さんの気持ちが重なってきて・・・

すごく、切なくなりました・・・

 

 

結局、その夜は不穏が治まるコトはなく・・・

一晩中眠らず・・かつジッとすることもできない状態でした。

 

安定剤を注射しても それは治まりませんでした・・・

 

 

2日後・・・出勤したところ・・・

ステーション内に置かれたベッドで 眠り込んでいました・・・

 

 

すぐにチームナースに状況を聞いたところ・・・

あの翌日から、ずっと眠らせられている・・・とのことで

息子さん自身から「薬漬けにしても構いません」と言ったと・・・

 

すごくすごく すごくすごーく複雑な気持ちでした。

「え?このままだと・・・」「いいの?」「ホントにいいの?」


 

その想いの隣りに・・・あの日のエレベーターで見た息子さんの

表情が浮かび・・・そして「しかたないんです、ツライですけど

綺麗ごと言ってられないんですよ、家族で話し合って決めたコト

選択肢は、それしかないんですよ」そんな声が聞こえてきた・・・

 

私たちは・・・感じるコトは たくさんある!想いも・・・

人のことを 言うことも簡単だなって思う・・・

自分が体験したことがないことを 自分の感覚にあてはめて

判断や評価してはいけないって思うのです・・・

 

それぞれには、それぞれに課せられたモノがあり・・・

時にそれらを受け止め越える際に 厳しい選択をしなければ

いけないことがある。ということを・・・

 

 

いつも心に留めておきたいものです・・・

 

 

今回のことで、私は最期・・彼のセデーションの決断の瞬間を

くっきり思い出してしまいました。

生前に彼の意思を聞いていたから・・・後悔はありません・・・


 

それでも、その瞬間は・・・彼の「命の声」が聞こえた気がして

「なんとも言えない辛さ」みたいな感覚がありました。

 

今回、この記事を書いているのには・・・

その息子さんの心に「これでよかったのか?」という後悔が

根を深くおろさないだろうか・・と感じたからかもしれません。


 

親子であれ夫婦であれ、ターミナル期における・・また急変期に

おける・・自分以外の者の命に対する選択なんて・・・

誰でもスンナリ受け入れて決断できるものではないと思うから

 

あらためて、リビングウィルの必要性を感じました・・・

 

 

siroちゃんが 今・・「俺はあれでよかったからね。kyoちゃん

そう言いにきました。(笑)