人間の死について・・・(死のイメージ)

私たち人間は、誰もが1回だけ経験する死について
どのようなイメージを持っているのだろうか・・・
色に例えると、何色とこたえるだろうか・・・
一人ひとりの その時の状況により、描かれる死のイメージは
さまざまなのだと思います。

人生や生命の儚さ、誰にでも平等に訪れる死について
「人生は朝露の如し」「生死不定は浮世の常」
「黄泉路に老若なし」「因果応報」などのことわざがあります。

このような ことわざの背景には、日本人の輪廻転生の思想や
死を恐れ忌み嫌ってきた歴史がある。

辞書によると「死ぬ」とは、
\己の呼吸が止まり 息をひきとる。
∪元いなくなる、生彩がなくなる。
Fきを示さなくなる、効果がなくなる。と記されています。

人間は、人と人のあいだで人になると言われるように、
一人では生きられないし、集団の中で生活することによって
成長してゆく。そのような人間の死とは、一体どのようなことで
どのような意味を持つのだろうか・・・
死が間近に迫っているとわかった時の心の変化、最期まで
生き抜くことを見い出したこと、遺されたものの事を記述した
ものがある・・・

  電車の窓の外は
  光にみち
  喜びにみち
  いきいきといきづいている
  この世ともうお別れかと思うと
  見なれた景色が
  急に新鮮に見えてきた
   (高見 順1907〜1965 作家「死の淵より」)

  余は、いままで禅宗の悟りということを誤解していた。
  悟りということは、いかなる場合にも平気で死ねること
  かと思っていたのは間違いで、悟りということは
  いかなる場合にも平気で生きていることであった。
    (正岡子規1867〜1902 俳人「病牀六尺」

人間の死は、さまざまな側面をもつ人間のどの部分に注目
するかによって、とらえ方が異なってくる。

  生物学的立場における死

生物としての人間、つまりヒトにとって死とは 個体の消滅を
意味する。つまり、自然科学としての生物学的立場では
死は個体としての生命の終わりである。これは医学上の
死と同等にみなされている。

したがって、個体としての人間の死は 必然のことであり、
免れえないことである。
しかし、個体は消滅しても、その遺伝子は引き継がれていく。
つまり、個体は死んでも生命は次代へと繋がっていくのである。

生命は、自分自身にとっても、次代を担う子にとっても、他人に
とっても平等に尊い価値があることを肝に銘じておかなければ
ならない。

  医療の場における死

医療の受け手としての人間にとって、死とは 死の判定により
認められた死を意味する。つまり、医学的な死は生命機能が
停止、喪失し、蘇生の可能性がない状態であり、現在死の判定は
2つの方法で医師により行われている。

この医療の場における死の判定については次回、詳細をUP
したいと思います。

ターミナルケアのことについては、彼との治療の日々の中でも
綴ってはいるのですが、今あらためて・・自分が仕事の場に
おいて幾名かのターミナル期に携わらせて頂いて・・・
癌に限らず、命の灯火が消えゆく過程は・・本当に身につまされ
心が揺れる瞬間であることを実感させていただきました・・・
そんな中で感じ、学ばせて頂いた事・・そして少しでも安楽な状態
で過ごして頂けるように考えてきました・・・1冊の本を参考に、少し
ずつ書いていきたいなと思います・・・