愛する人との死別の悲しみ、苦しみは
人間の苦悩の中で最もたるもののひとつでしょう・・・

特に、長い間 苦楽を共にしてきた伴侶を失うこと・・・
最愛の子供を亡くすことは、人生最大のストレスになります。

配偶者を失った場合でも、年齢や死に方、これまでの関係
などで、苦しみや悲しみの質が変わってきます。

若くして相手に先立たれるのは、70代80代で死別するよりも
はるかに大変なものがあります。
20代・30代・40代ですと、離別は多いのですが死別は珍しい
ケースになりますから、自分だけがとんでもない不運に見舞わ
れたようで、恨みや怒りや無念さが強烈です。

特に夫を亡くした妻は、経済的な心配と、一人で子供を育てら
れるかしら?という不安感でいっぱいになります。

逆に年をとると、理性では諦めがつきやすいのですが
長く一緒にいた分、体に染み付いた慣れのため、自立が難しく
子供や孫に依存しやすくなります。
また、急死の場合は 最初のショックが大きく、呆然自失の状態
が長く続きます。
心の準備が出来ていなかったので「なんで、私を置いて死んでし
まったのよ」と、死んだ相手に怒りを覚えることもあります。

遺影や仏壇に向かって話しかけたり、遺品に触って泣いたり・・
何もする気になれず、1日中ボーッと座ったきりの無気力な日々
が続きます。
心身のバランスを崩して、不眠になったり痩せたりもします。

悲しみのピークは死別後1〜2ヶ月。6ヶ月を目安に、大抵の人は
10ヶ月程で落ち着くようです。
1年経った頃「命日反応」と呼ばれる抑鬱のぶり返しがあって
その後、ようやく普通に地j回生活に戻るようです。

これは、伴侶を失った場合の一般的な悲しみの経過ですが
幼児や未成年の子供を失った親は、もっと絶望的な苦しみを味わ
います。「死んだ子の年を数える」という言葉がありますが・・・親は
一生、折にふれて「生きていたら、今年が成人式だったのに」などと
失った子供のことを思い出し続けるものです。

     でも・・また再び、笑える日がくる

愛する人を亡くして悲しみの淵に沈んでいるときには、誰もが二度と
再び心から笑える日はこないだろうと感じます。
もう、自分の人生は終わった、という気分です。

そんな時「今はつらいでしょうが、時間が薬ですよ」と慰められても・・
かえって反発したくなります。
「いくら時間が経っても、死んだ人が生き返るはずがない」

その通り、死んだ人は生き返らないのですが、自分の方が生き返る
のです。
愛する人との死別は、自分の大切な部分とも死別したということです
そう簡単に立ち直れるはずはありません。
しかし、ふと気づけば、いつしか食べ物に味が戻り、風景に色彩を感じ
そして以前と同じように、他愛もないことに笑えるようになった自分が
います。
もう、終わったはずの人生の暗闇の向こうに、何だかほのかな光が
見え隠れするようです。

それは、自分自身の蘇りの兆しなのですが、
ここで自然に光に向かって前進する人と、後ろを振り向いて
行きなずんでいる人とに分かれます。
幼い子を手遅れの病気で亡くしたり、愛する人に自殺されたりしたよう
な場合には、罪悪感も手伝って 立ち直る事を拒否してしまう事もあり
ます。笑ったり楽しんだりする事が、死んだ相手を忘れ去ることの様に
思えて、いつまでも鬱々と泣き暮らす人もいます。

あまりに長引く悲しみは、カウンセラーや精神科医の助けを借りた方が
いい、と言われています。家族や友人知人に話すと、相手の反応に
かえって傷つく事もありえますので、訓練された専門家に相談される事
をすすめます。

また少しずつではありますが、遺族が悲しみを分かち合うための会も
でき始めています。そういうところで、同じ立場の人々の話を聞くのは
自分の感情を客観的に見直すためのいい機会になります。

それから、あまりにも大きな心労や過労は免疫力を低下させます。
普段よりも病気になりやすい状態になっていますから、体の変調には
十分気をつけ、時々医師から健康チェックをしてもらってください。

以上の文は「ファイナルステージを考える会」の波多江伸子さんの
原稿から引用させて頂いたものですが、この文を目にしたのが・・・
ちょうど、ゆふみ病院の「想い出を語る会」に参加した後に、何となく
購入した本の中に書かれてあったものでした。

「想い出を語る会」で無意識にあふれ出た、1年間で積もりつもった・・・
微動なる揺らぎ・・・極め付けで私に直で話しかけられているような気が
しました。「あー、大切な人を亡くすという事は・・離別でなく死別という事
は こういう事なんだな・・」

そして同時に自らの心と体の免疫低下を認識した私は、ある意味やっと
グリーフワークにとりかかり始めた気がしています。

「想いを語る」って・・・大切なことだなぁ・・と

人にあえて語らずとも・・封印している気持ち、感情を(無意識レベルでも)
言葉にして・・文にして日記に綴るだけでも・・自分を見つめることが出来
ると思ってる。力を抜いて「今」を生きていきたいと思います。