先日、子供から「TV(情熱大陸)で緩和ケアの事やってるよ」と
メールがきた。この情報は少し前に他ブログで書かれていたので
どの番組で放映されるんだっけ・・と探していた時にメールがきた。
なんとなく子供たちが、こうして意識してくれていることが嬉しかった
りする・・・「彼の癌との共存」・・最初に肺ガンと告知された時から
一歩一歩の共存に向かっての治療の選択、そして痛みが出現して
からの彼の姿、ホスピスでの奇跡の時を、そして別れの時まで・・・
私より少しだけ離れたところから、癌を丸ごと、ありのままに感じ
見つめてきた子供達・・・

子供達にとっては癌や病気そのものを憎む事なく、癌だから不幸せ
というものではないということ、いつかは誰しもに訪れる「死」というもの
を正面から受け入れることができたこの3年間だっただろうなと思う。
ただ、これが血の繋がったものや、自身にとって最愛の人になると
どうなのかな・・とは思ったりもする。
ペインコントロール入院から危篤に陥ったホスピスから・・在宅ケアに
かけての時間の彼の姿が今でもかなり記憶に強く焼付いているようで
どうしても「緩和ケア」とか「末期ガン」とか「ホスピス」とかいう言葉には
反応が強いように感じる。

ここ最近では「緩和ケア科」という形で、かなり癌性疼痛に対する医療の
側の受け皿が増えてきたことが実感できる。
「情熱大陸」を見られたかたは誰しもが印象深かったのではないかと
思われる林医師の「今1番気がかりなことは何ですか?」という言葉ー
慢性的に癌の痛みを感じるような状態になると、様々な心理状態が
出現しはじめるのである。一旦耐え難いような大きな痛みを感じた後の
人の心理というものは、相手から「痛いですか?」と聞かれれば「痛い」
と答えてしまいがちだ。これは痛みを感じた「記憶」のイニシエーターが
なかなか記憶の傷の修復ができないままに、次なる痛みを感じてしまう
からではないのかなと思ったりする。
そういう意味でも、患者さん一人一人にかける「言葉」というものがいかに
「大切」かが理解できる。
緩和ケアは、体の痛みと共に心の痛みも並行してケアしていかなければ
中途半端な、言葉だけの緩和になってしまうのではないだろうか・・・
たどり着くところは、「心と体」をひとつの融合体として捉え、寄り添って
はじめてQOLの向上に繋がり緩和の意味をなすのではないかなと思う。

なんだか改めて「緩和ケア科」が設立されていることも何だか不思議な気
もするのだけれど・・・?本来は病気や怪我には、自制内で対処できない
何らかの痛みや不快感があるから受診するのではないのかなと・・・
専門的な科が増えていくことでのメリットとデメリットってどうなんだろう?
考え出すときりがない。
ただ彼がホスピスを受診した最初の日に「レスキュー」を処方してもらい
1日だけだったけれど、癌であることさえも忘れるほど痛みの無い、幸せ
なひと時を過ごせた時の感動と、温泉に入りリラックスしていた姿を今また
切ないくらいに思い出したりする。思うに「レスキュー」の効果も勿論だが
何よりも「緩和ケア」という言葉・・「これで痛みを我慢しなくてもいいんだ」と
いう想い・・院長先生の「よく我慢してましたね」と、まず第1に触れてくれた
癌の突出部位と包み込んでくれた心・・その相乗効果だったと思っている。

「緩和ケア」に関しては、まだまだ考えていきたい部分である・・・