3月10日・・・
ゆふみ病院主催の「想い出を語る会」に参加させて頂いた。
この「想い出を語る会」は年に3回、ゆふみ病院で旅立たれた方の
遺族に対して催されているものだ。

会は1部と2部に分かれていて、1部では院長先生の挨拶で始まり
「大分 生と死を考える会」事務局長 小野寺勉氏の講話が約30分
そして斉唱・・「忘れないで」という曲を、流れに任せて口ずさむ・・・
素朴な短いメロディーを口ずさんでいるうちに涙が溢れてきた・・
悲しいという感覚はなかった・・・
寂しいという感覚もなかった・・・
彼とのホスピスでの日々がフラッシュバッグしたわけでもなかった。
どう表現したらいいのか・・・無意識の中の「想い」が溢れてきた・・・
そんな感じだと言えばいいのかな・・・

院長先生は「ここは、みなさんの大切な方が人生の最期の時間(とき)を
過ごされた場所です。魂が帰ってきています。」
挨拶の冒頭にそう言われた言葉が、無意識に閉ざしていた心の扉を
スッと開けてくれたのかもしれない・・・

家族や大切な人の「死」をどのように受け止められるか・・・
それは、その大切な人の「死」に至るまでの さまざまなプロセスが
関与してくるのだと思う。実際このホスピスにたどり着くまでにも
「治癒が不可」との診断を下されるまでに、さまざまな過程を経て
希望や絶望を繰り返し・・或いはそれを感じる時間もないくらいの
時間の中で「死」に直面した方もいらっしゃるだろう・・・

この日は17家族が参加されていた。この「想い出の会」への案内は
亡くなって1年前後の遺族の方々を対象とされているとの事だった。
1年という時間を経て、やっと本当の意味で大切な方の「死」という現実を
受け止められる事が多いという・・・
もちろん、環境によっては人それぞれで、悲しみに浸っている暇はない・・
そんな方もいるだろう・・・
この日、会の始まる前に私達のテーブルに同席した 少し年配の女性が
ポツリポツリと語った話しは、「千の風になって」という歌によってご自身は
歩き出す事ができたという・・・
今のように、この歌がブレイクする前に、病院の先生からの勧めで
わざわざ東京から取り寄せたCDを聴くことで、少しずつ眠れるように
なったということだった。それまでご主人に夜中に起こされていたらしく
その声が耳に残っていて、亡くなって半年は どんなに睡眠薬や安定剤を
飲んでも眠れず、誰にも逢う気持ちにもなれず引きこもっていたという・・
ところが、この「千の風になって」を聴くようになって、少しずつ心が癒され
眠れるようになってきたという・・・

講話の中でも、小野寺氏の娘さんの体験談を元にいくつかの話しをされて
いた。「引きこもり」「燃え尽き症候群」言い方は色々あるのかもしれないが
人は深い悲しみというハードルを乗り越えるには、その人自身の心が・・・
そして、その自身の足で乗り越えなければならないのだろう・・・
そのきっかけは・・・いつどんな形で訪れるかはわからないけれど・・・
私自身、今の自分で考えると(実は私も結構引きこもってる事に改めて
気づいた)止まっていることがマイナスを生み出していることに気付いた。
心も体も動きが止まっていたことに気付いた・・・
水も心も動かないと腐ってしまうよなぁ・・・体も・・血液が滞れば諸症状が
現れてくる。細胞単位で考えたとして体は正直だ・・・
この講話の途中で、ふと気付いたのだった。その瞬間私の中の何かが
スーッと軽くなった気がした。ここ数ヶ月からだの中に滞っていた何かが
抜けた感じだ・・・

実際、この会が終わってから・・彼が亡くなってから止まっていた生理が
始まったのである。とても不思議だった。体に起きている幾つかの異変?は
案外、自身の心が せっせと生み出していたのかもしれない・・・
事実、数日間出現していた指先の浮腫が退いたのだった。

今日はこれから仕事なので、「想い出を語る会」第2部の様子と感じた事は
また改めて報告します。
「血液の流れ」「気の流れ」「心の流れ」このあたりについて
コメントやご意見等頂けたら嬉しいです。