「明日、入院するよ」
自らそう言った彼・・というよりも
言わずにいられない状態だったのだと思う・・・

何時の頃だったか・・
「最期の時には、こうありたい」そんな理想を語っていた彼・・
そんな時期があったことが、この時の状態からすれば
ほんの、物語の序章にすぎない「夢物語」のようにも感じた。

考える事ができる・・ということは、
まだ命の時間に余裕がある事だと・・そう思えた。

例えば、操縦不能になった飛行機を・・
最初は冷静に分析して立て直そうとする。
いろいろ試してみるが、どうしようもないまま地上が見えてくる。
恐怖感や現世への想いや後悔が浮かんでくる。
それでも何とかできないものか全力で出来ることすべてを努力する。
そして・・・本当に最期の瞬間には・・・
感情を超えて・・「無意識」の領域に入るのではないだろうか・・・

「死生観」・・その言葉が理想論のように思えた・・・
けれど無意識の中でも、彼は生きている・・・命は灯っている。
灯されている限り・・彼の温かい体にも、無意識の心にも
触れていたかった・・・
触れて・・寄り添って・・祈って・・
彼のすべての苦しみを取り除いてあげたかった・・・

その日の朝、彼は息子さんにスポーツ新聞を買ってきてもらい
字もよく見える状態ではないのに、いつものリクライニングチェアで
競輪の予想をしている・・・字がよく見えないのか意識が消えゆくのが
歯痒いのか「あーもうッ」って繰り返している・・・
彼は無意識の中でも、慌てずいつもの自分の習慣を守った。

なぜだか呼吸苦の訴えはない・・・
病院からTELがかかってくる。
なかなか来院しないのを心配してTELをかけてくれたのだった。
なぜだか彼がTELに出て、怒鳴っている。驚いてTELを代わる。
幻覚かなにか見えたに違いない・・・本当に驚いた。

病院に到着すると、すべての準備は整っていた。
用意してくれた車イスを断って、彼は私に寄り添って歩いた。
111号室・・前回の入院時の時の向かいの部屋だった。
まず最初に酸素投与をしながらモルヒネの持続性皮下注を施行。
次に褥瘡の処置をしてくれた・・・
在宅酸素を始めた頃から、極度に悪化してしまった・・
悪液質による栄養状態の悪化が褥瘡を・・低タンパクが浮腫を・・・
ありとあらゆる悪循環を起こしていた。

呼吸苦出現で、彼は起きたり寝たりを繰り返す・・・
ドルミカムを使って眠らせてくれようとするが・・・量が中途半端で
すぐに覚醒してしまい・・覚醒したら、とにかく「なんとかしてくれ」と
起きたり寝たりの繰り返し・・・
先生は「生殺しの状態です」「肺ガンは本当にキツイですよ」と・・

前回の入院→危篤の時と同様・・彼の長男の到着を待っていた。
長男は予定では2日後の飛行機で大分に帰ってくる予定だった。
入院した後すぐに、まだ船に滞在している兄に次男が電報を打った。
それゆえに長男到着までは意識をドローにしないようギリギリの
ラインでコントロールしてくれていたのだった。

そばにいる次男にとっては父の無意識に苦しみもがく姿をみるのは
心を切り裂かれるほど辛かっただろうと思う・・・
胆石のOPEが終わって間もない次男の体にはOPE後の痛みよりも
父にもらった命が刻まれているのだと思った・・・
尊敬する父のすべてを受け止め、泣きながら抱きしめていた・・・

「死ぬ」ということは決して綺麗事じゃない・・・
その人生すべての終わりを受け止めなくてはならなかった・・・
奇跡を祈る余裕すらないほど、壮絶さが上回っていた・・・
長男の到着だけを、私たちは ひたすら待ちわびた・・・