二人で過ごす時間が、少しでも長く続きますように・・・
そう願って・・ 繋げてきた二人の時間・・

在宅ケアを始めて2ケ月が過ぎた頃・・
彼の体は、限界を迎えようとしていた・・・

浮腫の出現と共に排便に変化が現れた・・・
オキシコンチン他、モルヒネの多用で、それまでは何種類かの
下剤を状況によってチョイスし、排便コントロールを行なっていた。
それでも、うまくいかずにトイレで摘便することもあった。

それなのに1日に何度もトイレに行く彼・・
酸素をつけたまま、じっと座っている。様子を見て介助する時
思わず声が出そうになった。
白い便がでていた・・・・

彼自身は、本能的に動いている。最期の最期まで排泄においては
無意識的にトイレに向かっていた・・・
私は、「ポータブルトイレをレンタルしようか?」と提案した。
すると、彼の反応は良くて「それはいい案だなぁ・・kyoちゃん頼むよ」
と言ってくれた。私は以前勤めていた病院に行き、ケアマネさんに
介護用品のカタログをもらった・・・

一旦家に帰り、「買い物に行ってくるからね」と言うと、少し不安気な
表情をした後・・「一緒に行くよ!行ってもいい?」と言う。

ほんの一瞬だけ迷ったけれど、彼の気持ちを大事にしたかった・・
こうやって、私たちは「いつ死んでも後悔しない」ように・・・治療も
やりたいこともやってきた。この時の彼が、どうして一緒に買い物に
行きたいと思ったのかはわからない・・・ひとりで留守番するのが嫌
だったのかな?それとも、本職の域でやりたい事でもあったのかな・・

幻覚がたくさん現れるなかで言った彼の言葉だったけれど・・なぜか
連れて行ってあげたかった・・・
マスクを着けてあげて、助手席に座らせてあげる・・
いろんな景色を見たいのに、意識はついていかない・・・
呼びかけても、目を開けるのは一瞬・・・

時々、ハッと目を覚ます・・「どうしたの?」と聞くと・・「鳥がたくさん
車の中に入ってくる」と言う。そのあと、「日本民族が愛おしい」と呟く
彼に、いつもと違う・・・そんな気がした・・・

買い物先のスーパーでも、やっぱり自分も行く!と言う彼・・・
とりあえず、私はカゴを持ち、彼を脇からしっかり抱え込む形で腕を
組み、彼の動きに合わせた・・・
彼の容姿は「生気」がなかったんだと思う・・・すれ違う人たちが皆彼を
見ていた。彼は周りの視線など、どうでもよかったみたいだ・・・
食べたいものなのか?うちの子に食べさせたいものなのか?よくは
わからないけれど、肉や魚だけをポンポン買い物カゴに入れていった。

その2箇所で限界のようだった。
とりあえず、カゴをレジの側に置き、彼だけ先に車に連れてゆき・・・
助手席に座ってもらった・・・

携帯酸素ボンベを持ってきていなかった為、このくらいが限度だった。
買い物をしていた時の、彼の真剣な眼差しが今でも忘れられない・・・
その瞬間だけは、癌と診断を受ける前の料理人の彼の眼差しだった。

私は、彼が料理をしている時の、真剣な眼差しが大好きだった・・・

幻覚と現実と交錯する中で・・確実に変化していく彼の体のすべて・・
壊れてゆくDNAたち・・・
冷静に見えていなかった現実・・直面する現実・・・
せめて、痛みが・・苦しみが・・小さいものであるように・・・

幻覚の間に見える現実の彼の前に・・一本の道が見えた気がした・・