危篤を乗り越えて10日・・・
SPO2は、相変わらず91〜93程しかなかったものの
じっとしているのが嫌いな彼は、危篤だった事など
おかまいなしに、動き回りたくてしかたないようだった。

点滴を連れて、歩行器を使って散歩しようと言い出した。
いわゆるリハビリだった・・・
彼の体は、まだまだ生へと向かって生かされている・・
散歩に行くと言うので、担当の看護師さんは大慌て!
ホスピスに「だめ」という言葉は存在しない・・
あくまでも、患者さんの意思や希望を叶えようと
善処してくれる・・・
ただ、看護師さんの一存では即決できないこともある・・
ドクターの許可や指示が必要なことも多い・・・

色んな段階を飛び越して、いきなり歩いて散歩すると
言い出し、もう立ち上がっているのだから・・・

看護師さんは喜ぶ暇も無く、酸素を準備したり
サチュレーションを測ったり・・・忙しい・・・

同時に肺炎を起こしてから、よく痰がでるようになり
その痰切れがよくなかったのだけれど
危篤を乗り越えてから、無治療でいる事に私自身が
じっとしていられず、以前飲用していたフコイダンを
注文して彼に飲ませてみたところ
「フコイダンを飲むと痰が出やすいんだ」と・・・
大喜びで・・・
楽呑みでゴクゴク飲む彼・・・

散歩をしたことで かなり気分転換が出来たようだった
周りの人たちもビックリ・・・
ラウンジには、大きな大きなクリスマスツリーが登場していた
夕方からは暖炉の灯りと、ツリーのイルミネーションが
何とも幻想的な世界を創りだしていた・・・
その幻想的な世界が映し出されている彼の瞳の奥は・・・
命の輝きなのだろうか・・・潤んで煌いていた。

この日は、歩いたからか、ケタラールシロップが効果があった
のか、夜・・彼が寝付くまで 大阪のクリニックの師長に習った
オステオパシーの頭蓋仙骨療法を行なったせいか・・・
朝まで、1度も起きずにぐっすり眠っていた彼・・・
病院ということもあって、少し遠慮していたのだけど
思いきって、ベッドにあがり・・彼の頭を私の膝に乗せ・・
そっと手を添える。「祈り」にも近いー私の中の全エネルギーを
彼に送る・・・彼は「気持ちがいい・・」と言い、眠りに落ちた・・

この光景に遭遇した看護師さんは、みんな一瞬驚く・・・
そして、「それは何をしているんですか??」と必ず聞いてきた。
「こうこう、こういう療法を教わったんです・・オステオパシーって
いう施術の一部なんだけどね・・」と言うと
「ホスピスでも取り入れたい療法ですねー」と言う・・・
そういう気持ちが、大切なことだと思っていた。
薬だけでなく、言葉だけでなく・・・痛みに対する1番の特効薬は
「痛いところ」「痛い心」にそっと手を添えて「愛のおまじない」を
かけることなんじゃないかなと思う・・・

泣き叫ぶ赤ちゃんが、母の胸に抱かれると、ピタリと泣き止む・・
そんなふうに・・・医者で言えば、問診だけではなく・・・触診して
もらっただけで何だか安心するような・・・
そんな感覚なのではないかと思う・・・

ただこの頃の彼の状態では、日々の波が激しかったのも確かで
突然、気力的に落ち込むことも多く・・・
それには、ふとした瞬間によぎる、さまざまな不安がめまぐるしく
訪れた時に予告もなくストンと落っこちてしまうのだった・・・
そして、気持ちが落ちていると痛みがでてくる・・・
出てくるというよりは、気持ちが前向きな時にも存在する同じ痛み
でも、感じる痛みの重さが違うと言ったほうがいいのかなと思う。
これは、癌に限らず・・だと思う・・・

人は、課題をひとつクリアすると、次なる課題に向けて新たなる
期待と不安が心に渦巻くのだろう・・・
次の課題→レベルへ早く進みたい・・という欲も出てくる・・・

散歩に行く事ができるようになり、食欲もOKでチョコチョコだけど
食べたいものをよく食べる・・・
こうなると次なる望みはひとつだった・・・
その日の夕方、大好きなチーズトーストを美味しそうに食べながら
突然、「おうちに帰りたい・・・」と涙が落ち始めた彼・・・

そうだよね!おうちがいいよね!・・・
彼はホスピスでなく、在宅ケアを強く望んだのだ・・・
ここから、在宅ケアに向けてひとつひとつ慎重な準備が始まった。