幻覚なのか・・祈りの延長線上にある夢なのか・・
よくわからない・・・けれど、私の目には、はっきりと優しく
微笑む可愛らしい妖精たちが見えた・・・

みんなが、家族宿泊室で交互に休憩する中で・・・
私と、彼の長男だけは・・彼の側に付いていた。
長男は、彼の顔をずっとずっと見つめていた・・・
長い期間、父と離れて暮らしていた時間を埋めるかのように
そして、離れて暮らしていたのと ちょうど同じだけの時間・・・
父と暮らしていた時の時間を思い出しているようにも見えた。

私は、床に正座したまま・・彼の手を握り続けた・・・
大好きな彼の手を握り・・頬に当て・・心のメッセージを伝える
「今ね・・妖精たちが来てたよ・・初めて見たんだよ・・」
「みんな側にいるから・・待ってるから・・」

昏睡状態のまま、朝が訪れた・・・
テラスでてみた・・・オリオン座はまだ沈んでいなかったが
妖精たちは、もう見えなかった・・・
空はまだ暗闇の中の星の世界を映し出していたが、
東の空は、夜明けの準備で忙しそうに見えた・・・
空気が違うので、よくわかる・・・

東の空が白んできた頃・・・部屋の中に戻って彼の手を握る
朝日が昇り始めた頃・・みんな起きてきた・・・
そして・・・その後、奇跡は起きたのだった・・・
朝日と共に、彼の命が再び生まれた・・・

ひょっこりと還ってきたのである・・・本当にひょっこりと・・・
彼の意識が戻ったのである・・・
彼の目が再び開いた・・・「あれ?」という表情をしている。
「みんな、どうしたんだ?」というように・・・
そして、長男の顔を見つけると「おまえ、何でここにいるんだ?」
というような・・・

奇跡が起きたのだと思った・・・
いや、みんなの願いが奇跡を起こしたのだと思った・・・
祈りは届いたのだ・・・
何処に・・・誰に届ければいいのかわからないけれど
心で深く深く感謝した・・・

肺炎を起こした後、3日3晩危篤状態だったことを彼に告げた。
そして、彼に向かって「おかえりなさい」と言うと・・・
彼の第一声は「そうだったんだ・・・俺、還ってきたんだ・・・
何にも覚えていないんだよー」と・・・

いい!覚えてなくていい!今生きていてくれるだけで・・・
そう思った。
看護師さんに報告する・・・驚いていた・・・
そして、出勤してきたばかりの院長先生が誰よりも驚いていた。

彼は、相変わらず「還ってきたんだー」としきりに言っている。
「そういえば、誰もお迎えにこなかったよ!」と言う・・・
「だぁれも来ないんだからなぁー」と不服そう・・・
「受取拒否されたってわけだね!」そう言うと彼は舌を出して
笑っていた・・・

集まったひとりひとりの顔を、ある意味 不思議そうに・・・
ある意味 感慨深げに見つめている・・・
丸3日間・・・彼は何処にいたんだろう・・・

彼は本当に何も覚えていないようだった。 ただ・・・
「女の子がいた・・」それだけは、はっきり覚えていると言う。
3歳くらいの、ピンクのスカートをはいた女の子が 公園?に
ポツンと座っていた・・・と言うのだった・・・
私が思わず「それは、あの時の子だよ!」と言うと、彼は
「バカ!」と言って慌てていた。子供たちは大爆笑・・・

彼が生きている・・みんな、それだけで良いのだった・・・
スタッフのみんなも彼の生命力に驚いていた・・・
そして、命が繋がっていることを心から喜んでくれた。

人は、欲張りな生き物だ・・・
生きていてくれた・・・それだけでいいーと感謝していた心・・
意識不明の危篤と言われた3日間に何が起きていたのかー
肺炎が彼を危篤状態に導いたのは間違いない・・・
けれど、危篤を乗り越えた彼の容貌はあまりにも変化していた。
わずか3日間の間に・・・
浦島太郎が玉手箱を開けたような・・・そんな感覚だった・・・

今までが不思議だったのかもしれない・・・
「末期がん」そのものの「癌悪液質状態」を示しているかのような
そんな顔・・体だった・・・

彼が危篤状態を乗り越え、生まれ変わったと思えた瞬間・・・
それは、肺炎を乗り越えたということなのだった・・・
頑張った御褒美に、癌も消してくれたならいいのに・・・
そう思った・・・

危篤を乗り越えた喜びも束の間・・・
癌性疼痛は、すぐに彼の元へやってきた・・・

本当の ペインコントロールは、この日から始まったのである。