それぞれの想い・・胸の内を聞いた院長先生が
午後イチでドルミカムの投薬を中止してくれた・・・
「1時間ほどで覚醒してくるはずなので、それぞれ最期の
言葉をかけてあげてください」言われて退室された・・・

呼吸を見ていると徐々に意識が戻ってきているのがわかる・・・
酸素マスクが、彼の呼吸のリズムにあわせてずれていく・・・
私の娘が、彼の酸素マスクをはずして・・口の中を覗いた。
舌苔を見つけたのだ。絶飲食の状態になってわずか2日間の間に
下の上は、感染症の影響もあって真っ白だった・・・
人間にとって、口から物を摂取するという事が どれだけ大切な事で
あるかを再認識させられた。

同意を求めるかのように、娘が私に視線を送るので・・私は黙って
頷いた・・・彼女は口腔ケアをしたいのだった・・・
丁寧に・・本当に丁寧に酸素マスクの下をかいくぐって
彼に語りかけながら口の中を綺麗にしている・・・
娘の彼に対する想いなのだろう・・・そして「まだまだ生きてよ!」と
いうメッセージなのだろう・・・

1時間後・・院長先生が訪室・・覚醒を促す。
彼に呼びかけ・・「わかりますかー?長男さんが来てますよー」
「みんなも来ていますよー」耳元で呼びかける・・・

突然・・彼が起き上がった。みんな驚いた・・・
誰が促したわけでもないのに、彼はいきなり遺言を始めた・・・
どこそこに、いくら預金があり、この銘柄の株が何株あって・・と
不動産に関しては、必ず遺言書のとうりに・・というふうに
父親の顔をしていた。酸素マスクをつけていて言葉が篭るのに
気付いた彼は、「何だよ、これ・・邪魔だよ・・」といって自ら外した。

堰を切ったかのように・・いくつかの伝言をした後、きつくなった彼は
自ら横になった。院長先生が側に行き、「みなさん側にいますよー
みなさんに伝えておくことはないですかー」と語りかける。
彼は、みんなの顔を見渡しながら頷くものの、喋らない・・・いや・・
喋れない・・・

「親父・・ありがとうな・・俺、親父の子供に生まれてきて幸せだったよ」
「俺の親でいてくれてありがとう・・・」

「看護学校に行かせてくれてありがと・・頑張っていいナースになるから」

ぽつり、ぽつり・・それぞれが彼へ想いを伝えている・・・

彼が意識を取り戻した、あの一瞬は何だったのだろう?
魂が肉体を超えて、語ったのだろうか・・・
目の前の彼は・・動きはあるものの、意識混濁状態である・・・

見守るしかない・・・祈るしかない・・・
時間がどんな早さで流れているのかも わからない・・・

彼の次男が・・いつのまにかDVDを持ってきた・・・
長渕のライヴを流し始めた・・・
「聞こえてる?みんなでバーベキューした時に流したDVDだよ」
「keep on Fightingだよ・・・」みんな、あの海での楽しかった夜を思い
だしていた・・・
「しあわせになろうよ」が流れた・・・全員、声を出して泣き出した・・・
この曲は・・今でもみんな聴けないでいるー
あまりにも彼そのものすぎるから・・・

時間だけは確実に過ぎているようだ・・・
ホスピスで2部屋用意されている家族宿泊室を借りた・・・
私は、眠る・・という行為を忘れていた・・・
彼の手を握り続けて・・丸3日目を迎えていた・・・

何かに導かれるように、私はテラスに出た・・・
寒さのなかで・・・煌く星達・・・
この頃すでに真夜中には、オリオン座が南中していた・・・
シリウスがひと際輝いてる中で・・・私はふと違う輝きを感じた
目の前の庭に・・彼と秋色を集めた紅葉の木の隣りにある
名前も知らない小さな木の茂みがキラキラしていた・・・
何かがいる・・・何?

真っ白い服を着た、妖精たちが羽ばたいていた・・・
笑いながら・・・優しく微笑みながら・・・キラキラ・・キラキラ
「大丈夫、大丈夫」そう言っているように感じた

幻覚なのか・・・何なのかはわからない・・・
ただ、妖精たちがいたのは本当だ・・・
「大丈夫なんだ・・・」その時、確かな予感があった・・・
何かが奪われてゆくのではない・・・
何かが届けられた・・・そんな気がした・・・