人は、ひとつの大きな人生における目標を達成した時・・・
ある種、「心の飽和状態」に陥るのではないだろうか・・・
・・次なる道標・・・
普通なら焦らずに心のままに、探し求めてゆけばいいのだろうが
余命を告げられた彼にとっては 次なる目標を見出すには
あまりにも 心の条件が悪かった・・・
やらなければならない事と、やりたい事は 命の時間を切られた
者にとっては 普通に生きている者には理解できない、繊細な
位置づけがあるようだった・・・

時間の問題・・経済的な事・・これから病状が悪化していった時の事
自分が動けなくなった時の事・・考え出すと身動きが出来なくなって
しまうのかもしれない・・・
癌治療は・・とりわけ治療そのものの苦痛もそうだが、現実問題
お金の出費にも苦痛が伴う・・・
どうしても時間とお金の配分を考えてしまうのだ・・・
周囲の人たちから 「お金なんて残さなくていいから、パアーっと
やりたい事やりよ」と言われても、そうはいかないのである・・・

「○月○日が貴方の命の期限です」と・・・そして、その日に確実に
旅立てるという保証があるのなら、迷わずに全貯金を持って
君と石垣島に行って 残された時間を穏やかに二人で過ごすよ・・
でも、いつまで生きるかわからない・・体力も気力も確実に落ちて
ゆくなかで、そう簡単に目標は見つからないし、好き勝手する勇気
もない・・こうして、現実生活の中で君が側にいてくれるだけで・・
今の俺は十分幸せなんだよ・・でも、俺の我儘が嫌になった時には
いつでも離れていってもいいんだからね・・

彼の本音であったが、本心ではなかった
時に、彼は考えられないくらい我儘なこと、あえて、私が嫌気が
さして「もう知らない!」と言うことを望んでいるかのような言葉を
発することがあった・・私は返す言葉も見つけられずに、ベランダで
空を見上げ彼の言葉の意味を・・そして自分の心を見つめた・・
どんな彼であろうとも、やっぱり彼そのもの、ありのままの彼が
愛しかった・・最期の瞬間まで彼と過ごしたいというのが私自身の
本音であり本心だったから・・・付加条件で彼と過ごしてるわけでは
ないのだから・・というのが答えだった・・・

石垣島から帰って、毎日二人でお弁当を持って釣りにでかけた・・
「自給自足ごっこ」をしていたある日・・・
いつものように釣りをしていたら、彼が突然「帰ろう」と言い出した
「どうしたの?」と問う前に「熱がある!」と彼から言葉を発した・・
肺炎?」・・「癌では?」と不安に思っていた時以上に
私は心取り乱した・・・
それだけ肺がんという病気にとっての肺炎は、致命傷だという
観念が強かったのである・・・

あわてて荷物をまとめ、家に帰り熱を測った・・・
37.4℃・・微熱である・・・けれど、この微熱が怖いのである・・・
クーリングをしながら、心がギュッと引き締まるのを感じた・・・
新たなる癌との共存現実の始まりは、私の最も痛い部分ー
感染症から始まった・・・